松沢知事が本年度中の条例化をめざしている「公共的施設禁煙条例」(仮称)をめぐり、各種団体などを始めとして様々なところで議論が巻き起こっている。1日の定例記者会見で松沢知事は「段階的に規制をかけることで、施設管理者や喫煙者から理解を得る期間として使うこともありうる」と述べ、営業形態等により導入時期をずらす可能性もあることを明らかにした。飲食店や娯楽施設などからの根強い異論に配慮した格好である。一律禁止の方向性については、新聞各紙ですら賛同出来ぬという趣旨の意見の方が多い感がある。しかし、ここで私が思い出すのは、「がんへの挑戦10ヵ年戦略〜がんに負けない神奈川づくり」(平成17年)を策定したときの議論の推移である。当初この計画案では、県民の喫煙率を下げるための具体的な数値目標が掲げられていたが、厚生常任委員会における議論の末、撤回された経緯があった。議員一人ひとりが、仮に自分が喫煙者であったとしても、厚生常任委員としての見識を示すべき場面ではなかったかと、私は今でも感じている。
受動喫煙の健康への悪影響は科学的なデータですでに検証されていると私自身は認識している。特に赤ちゃんや子ども、妊婦などには特に配慮しなければならないのは当然である。喫煙者であっても受動喫煙で他人に迷惑をかけぬよう配慮する人々が増えてきたことは大変に好ましいことである。しかし、未だにまるで配慮のない人が多いのも事実である。議会で私も感ずることがしばしばある。例えば視察などでバスに乗るとき、窓が開かず密閉された空間でも、全く疑問も持たずに火をつける無神経な議員がいる。そんな議員ががん対策の充実などを議会で堂々と言うのだからちゃんちゃらおかしいことこの上ない。松沢知事はこの条例制定を通じて、県民の健康を本気で守る覚悟を示そうとしている。やめて欲しいという声を上げられずに、煙を吸わされている状態は、無神経な暴力に晒されている状態である。私たち日本人は、赤ちゃんや子ども、妊婦、病を持つ人々など、声を上げられない社会的弱者を大事に思い、配慮するという道徳観念を大切にしてきた。法律上合法である煙草そのものを駄目だと言っているのではない。喫煙者が、煙を吸いたくない人や吸うべきでない人々に吸わせる権利はない、というシンプルなことを言っているだけである。公共的施設は、不特定多数の人々が出入りするがゆえに、常に受動喫煙の可能性がある。段階的導入はやむを得ないかも知れぬが、最終的には公共的施設を全て対象にするという方針を堅持し、県民の健康を本当に大事に思う「神奈川らしさ」を示せるように議論を重ねていきたい。
2008年05月03日
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